2014,04,22

ネットの裏方 日々挑戦 GMOインターネット会長兼社長  熊谷正寿氏



 インターネット関連サービスGMOインターネットが着実に収益を伸ばしている。 ネット上の住所に当たるドメイン名の登録サービスや、サーバーの貸し出し。 こうした 「ネットの裏方の仕事」 の将来性にいち早く着目し、国内で圧倒的な地位を築いてきた。 会長兼社長の熊谷正寿は大きな蹉跌を乗り越え、ネットの可能性を更に広げようと奔走する。




 ホームページのアドレスの末尾につける 「.com」 や 「.net」。 企業はこうしたドメインを使う際、管理する会社に登録を申請する必要がある。 GMOはインターネットを活用したビジネスがようやく広がり始めた1999年から登録業務を手掛け、国内シェアは9割に達する。




 通販サイトなどを安全に作成し、情報流出を防ぐに必要な 「電子証明書」 の発行やネット上の決済代腕も国内首位。 ネット通販で商品を購入したり、旅行の予約サイトを利用したりする際、知らず知らず利用しているのがGMOのサービスといえる。




 「全ての人にインターネットを」。 創業から一貫して唱えてきた。 20年前には高くて難しかったネット接続やサーバーの貸し出しとおったサービスを安く提供。 技術革新の追い風にも乗り、2014年12月期の売上高は1000億円台に乗る見込みだ。 グループ会社は80社に迫る。 




 実業家だった父の背中を見て育ち、子供の頃から 「実業家以外の道は考えていなかった」。 当初は 「インフラを握ればビジネスを周辺に広げやすい」 と、鉄道や電気に注目。 ネットの出会い、分野は変わっても、「インフラを握ることが成功のカギ」 と云う初志を貫き、結果を出した。




 一見、順風満帆に見える経営者人生。 だが、会社は一度潰れかけている。 新たな事業を立ち上げようと、2005年に投資ファンドから消費者金融会社を買収したことが発端。 金利を多くとりすぎだと、産業全体が批判を浴びる過払い問題が噴出したのだ。




 金融事業には買収資金や増資などで400億円を費やしたが、結局、処理の際にはわずか500万円で売却。 自己資金なども当時、かろうじて会社を救った。 「10年間蓄えてきたものが吹っ飛び、会社は首の皮一枚」 という散々な結果だった。




 逆境から得た教訓が 「バランスを欠いた投資はしない」 ということ。 「自分でコントロールできるリスクしかとらないようにすることが大事だ」




 経営者として、改めて手ごたえをつかむ契機となった。 危機の最中も勤めて明るく振舞った。 毎朝早朝から金融機関とタフなミーティングに明け暮れる中、「自分だけはうつむかない」 と臨んだ。 それが社員や取引先などの求心力となり、会社の存続にもつながったと振り返る。




 現在、グループ全体では3800人のスタッフを抱え、うち4割がエンジニアなどだ。 「自社で商品を作ることが強みになる」。 2011年には社内託児所を設けた。 子供をもつ女性でも仕事をしやすい環境を整えるなど、「全員野球」 の態勢を築く。




 4月7日、東京都内のホテル。 新たに認められたドメイン 「.tokyo」 の登録受つ付開始の記者会見が開かれた。 熊谷らのほか、東京都知事の増添要一やアイドルグループの 「AKB48」 のメンバーも出席。 東京五輪を見据えて、ビジネスチャンスをもくろんだ派手な 「お披露目」 とみえなくもない。




 ただ、熊谷の本音は 「ネットが更に普及するきっかけになって欲しい」。 ドメインビジネスは1件数百円の商売。 関心を持ってもらうのはいいが、それだけで皮算用するつもりは毛頭ない。 




 2012年からは新経済連盟の理事も務める。 もともと財界活動のような集まりは消極的だったが、楽天社長の三木谷浩史から直接誘いの電話を受けて参加を決めた。 グループ各社を束ねる本業のかたわら、「ネット選挙」 の解禁など業界の為に日々汗を流す。




 事業拡大に向けて自助を怠ったことはないと自負する。 一方、ネット業界全体の底上げも見据える。 両輪が上手く稼動することこそが、成長に結びつくとの思いが根底にある。(日経流津新聞)




  




  

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