昨日から日経夕刊の 「人間発見」 にセブンーイレブン・ジャパン社長 井坂隆一氏のインタビュー記事をご紹介していますが今日は2回目です。        高校で生徒会の議長になり所属するテニス同好会を部に昇格させた。      中学でも野球部に所属して白球を追いかける日々です。 レギュラーポジションを得ることはできませんでしたが、3年間の部活生活は充実していましたよ。 足が速かったこともあり、陸上の大会にかり出されました。      高校では公式テニスの同好会に入り、今度は黄色いボールを追いかける青春の日々です。 グラウンドは広くてテニスコートが4面もあり、練習環境は恵まれていると思ったのが入会の理由でした。 ところが入会してつかの間、同好会がコートを使用できるのは週に1回だけだったことを知りました。 毎日、コートで練習したのは運動部である軟式テニス部。 「不公平だ」 と思いました。 メンバーは同好会のほうが多かったのです。      そこであることを思いつきました。 生徒会の議長に立候補してテニス同好会を部に昇格させる世に働きかけることにしたのです。 議長に当選し、部への昇格を議題にのせました。 同好会でも都の大会に出場するなど実績がありましたから、その資格は充分にあると考えたからです。       同好会の活動は自分が良く知っています。 同好会の幹部にあらかじめ事情を含めておいて会議で質問しました。 「対外活動はどんなものがありますか」 と聞くと、同好会の幹部が 「都大会に出ています」 と。 すると私が 「それはすごいじゃない。 真剣に活動していますね」 といった具合です。 自作自演の何物でもありません。 見事に部に昇格できました。 いろいろな人に事情を話して行動をしてもらう楽しさ、大切さを学んだ気がします。      高校は東京大学駒場後者に近く、学生運動も活発だったようです。 私が通ったときには下火になっていましたが、学生運動の看板や後者にペンキで描かれた独特の文字が名残としてありました。        青山学院大学に入学し、スキーに熱中する。      高校時代に取った 「メイド・イン・USA・カラログ」 というライフスタイル雑誌に大きな影響を受けましたね。 それまでのスキーといえば山岳スキーが一般的でしたが、著名なスキー所でアルバイトをしながら長期滞在するスキーバムと呼ばれる人たちが紹介され、興味を引きました。      ちょうど若い人たちにスキーブームが沸きあがろうとしていた次期です。 深夜放送ではユーミン(松任谷由実)の曲が流れ、「スキー場に淡い舞台があるんだなぁ」 と憧れていました。       子供の頃からスキーは好きだったので大学では本格的にスキーをやろうと決めました。 白馬、白岳、志賀などのスキー場を年間80日くらいは山ごもりしていたと思います。 かなりのめりこみ2年生でスキー1級を取り、大学盛況主催のスキースクールに参加して昼間はアルバイトで初心者を教え、それが終わると今度は指導員から特訓を受けました。       ここまでスポーツのことばかりだったのでキャンパスライフについても少しお話します。 大学は法学部に入り、ゼミでは表現、言論の自由の根拠になっている。 「憲法21条」 について学びました。 卒論は公正原則(フェアネスドクトリン)についてです。      後講釈になりましが、この卒論はセブンイレブンのビジネスモデルに通じるところがあります。 セブンイレブン本部と加盟タンとがフランチャイズ契約で対等の関係であることが盛り込まれます。 其々の役割を果たすことでお店の運営が円滑に行くのです。       当時、大学には著名人もいました。 サザンオールスターズの桑田圭祐さんを学食で見かけ、キャンパスを歩くと女優の名取裕子さんは存在感がありましたね。        小さなお店に関心を持つ。      家の近所に夜11時まで営業する 「セブンイレブン」 がありました。 日が暮れると真っ暗になる住宅街に暖色系の証明が生えていたのが印象的でした。 まだ、この店がどのように運営されているかなど知るよしもありません。 ただ、自分のような若者が食べたがる商品が沢山並べてあったのを記憶しています。 壁に貼ってあるアメリカをイメージした明るいポスターも気に入りました。 「スーパーではい新しい形の店なんだ」 と思っていました。 これが 「セブンイレブン」 との出会いです。(日経夕刊)                                   ツイートこの記事をつぶやく