1月18日より公開され、日本全国で大ブームを巻き起こしている映画 「テッド」 が、このたび、ついに興行収入30億円を突破した。 2月20日時点で累計興行収入は30億4,693万円となり、最終興収40億円突破に向けて突き進んでいる。       テッド        本作の主人公である中年テディベア “テッド” は、若い女性を中心に絶大な支持を獲得。 現在実施中のFacebook限定プレゼントキャンペーン応募ページには、テッドに対する熱い書き込みがすでに6,000件以上も投稿されるなど、“国民的アイドル” 並みの人気ぶりだ。      また、並行してTwitter限定の似顔絵募集プレゼントキャンペーンも実施中だが、毎日テッド愛に溢れた似顔絵が多数応募されており、大きな盛り上がりを見せている。              セス        さらに、25日(日本時間)の開催が迫る第85回アカデミー賞授賞式は、本作を監督したセス・マクファーレンがホスト役を務め、プレゼンターとして、主演のマーク・ウォールバーグと共にテッド本人が登壇。 テッドが起こすさらなるミラクルに全世界が注目している。 そして映画自体も主題歌賞にノミネート。 まさかのアカデミー賞獲得にも大きな期待がかかっている。(narinari.com)                     ツイートこの記事をつぶやく
        ガガカップ        アメリカ人歌手レディー・ガガさんのサイン入りティーカップを宮城県庁に寄贈した同県在住の歯科医師、弓哲玖(ゆみあきひさ)さん(54)が21日、特発性肺線維症のため亡くなった。        このカップは昨年5月、レディー・ガガさんが東日本大震災支援チャリティーオークションに出品した際、弓さんが約600万円で落札。 カップの外周にはガガさんのサインの他に、「日本の為に祈りを。」 という日本語のメッセージも書かれ、ガガさんのキスマークもつけられている。 亡くなる前日の20日に、弓さんの代理人である張琴(ちょうこと)さん(52)が、同県の村井知事にカップを寄贈として手渡していた。        弓さんの死去の知らせを受けた村井知事は、「県に寄贈いただきましたカップについては、故人の遺志をしっかりと受け止め、一人でも多くの被災者を励ますことができるように、工夫して使わせていただきたいと思います」 とコメントを発表した。        スポーツニッポン新聞社によると、ガガさんがカップをオークションに出品した際、弓さんは 「震災の復興目的以外で使われてほしくない」 と考えて落札したという。        20日の村井県知事との懇談の中で、張さんは 「県民の方を励ますため、また震災の風化を防ぐために、ひとりでも多くの人に見ていただきたい」 と希望を述べていた。        村井知事は、震災メモリアルパークのようなものができた際には、そこで展示することを検討しているという。(ibtimes.com)                     ツイートこの記事をつぶやく
         「障害者にだって、ろくでなしもいる」……乙武さん、世間一般の“障害者観”に異論        南アフリカの義足ランナー、オスカー・ピストリウス被告が自宅で恋人を射殺した罪に問われている事件を受け、「五体不満足」 の著者として知られる作家の乙武洋匡さんが、障害者観について自身の考えをTwitterにつづっている。        「彼らは清らかな存在で、けっして悪いことなど考えるはずがない」――。        多くの人が知る通り、生まれつき両腕両脚がないという障害を持つ乙武さんは、大ベストセラーとなった 「五体不満足」 を出版して以来、世間に根強く存在するこうした障害者観に苦しみ窮屈な思いをしてきたという。         今回、ピストリウス被告の事件は、オリンピックに出場した有名アスリートというだけでなく、義足の、つまり身体障害者が関与したという側面によって、世間に大きな衝撃を与えている。 その驚きには、先述した障害者観が少なからず影響していると言えよう。        しかし、乙武さんはそうした問題に当事者として直面してきただけに、今回の事件を、ステレオタイプな障害者観とは異なる視点で見守っている。        「僕は 『同じ障害者だから』 『彼の功績は偉大だから』 という理由で、盲目的に彼を擁護するつもりはない」 と乙武さん。        将来的にオリンピックとパラリンピックが統合されてひとつの大会となることを願っていることをかねてより公言している同氏だけに、その両大会に出場して好成績を収めたピストリウス被告の存在は、乙武さんの願いが決して荒唐無稽なものでないことを示す貴重な証左でもあり、「心から敬意を表したい」 人物でもあるが、「盲目的に彼を擁護」 したりはしない。 そこには、乙武さんの、先述した一面的な障害者観へのアンチテーゼがある。          「障害者にだって、飲んべえや、エロや、ろくでなしもいる。 肉体というものは、言ってみれば “容器” なのだ。 その中にどんな中身が詰まっているかなんて、開けてみなければわからない。 その容器だけを見て、蔑んだり、期待したり――それがいかにバカバカしいことか、僕らはそろそろ気づくべきだ」          肉体的な力と高い技術が必要とされるオリンピック。 そこへ障害者として出場して活躍したピストリウス被告の偉業は、確かに乙武さんの願う統一大会の実現に向けた大きな一歩となっただろう。 しかし、真の意味での “統合” され、健常者と障害者とが同じフィールドに立つためには、先述したような障害者観という壁が取り払われることこそ重要なのだろう。 ピストリウス被告の事件は、そうした障害者観にヒビを入れ得る事例として、動向が注目される。(rbbtoday.com)                     ツイートこの記事をつぶやく