検索テクニック        異常なまでに検索スピードが速かったり、ほとんど何の手がかりもないのに目的の画像を見つけ出したり、たった1枚の画像から様々な情報を導き出してしまう人がたまにいる。 俗に言う 「検索の達人」、あるいは 「検索の鬼」 である。 彼らは一体、どのようにして検索を行っているのだろうか。        ということで今回は、とある 「検索の鬼」 が実践している検索テクをご紹介したい。 テーマは 「1枚の画像から様々な情報を導き出す」 検索テクだ。          例えばネットを巡回していて、気になる1枚の画像があったとする。 白いタンクトップで、黒いリュックを背負ったブロンドヘアの女性である。 しかし情報がまったくない。 彼女の名前は何なのか? そもそも何をしているのか? 検索の鬼がとった行動は以下の通りである。            その1 : まずは画像検索サイト「TinEye」にかけるhttp://www.tineye.com/)    気になる画像を保存している場合は、TinEyeにアップロード。 画像のURLがわかっていれば、それを入力するだけでもいい。 とにかくTinEyeは、その画像と同じ画像をネット上から探しだす。 そのヒットした画像を掲載しているサイトを片っ端から見ていけば、なんらかの手がかりを入手できるという。 ブラウザによっては、右クリックですぐにTinEye検索にいけるプラグイン(アドオン)が用意されているので、導入を強くオススメしたい。          その2 : Google画像検索にかけるhttp://images.google.co.jp/)    TinEyeを使っても効果がイマイチだったという場合は、Googleの画像検索を使う。 気になる画像を、Googleのウインドウに投げ入れるだけだ。 類似画像が掲載されているページがヒットするので、片っぱしから確認。 検索結果をさらに 「画像」 にすると、一目瞭然で分かりやすい。 また、この段階で、ブロンドの女性は 「domain girl」 と呼ばれていることが分かった。            その3 : Googleの通常検索でさらに煮詰めるhttp://www.google.co.jp/)    さきほど分かった 「domain girl」 という単語でググる。 次々と日本語のページがヒットして、詳細な情報が次々と明らかになる。 ドメイン切れのページに表示されるお姉さんであるということや、日本では 「404姉さん」 と呼ばれているということ、本当の名前に、海外ではファンクラブも存在するということ、この写真を撮影したカメラマンの妹であること……などが判明した。          基本の検索は上記の3ステップ。 ここからさらに、「domain girl」 や 「404姉さん」 で通常検索と画像検索をし、情報の精度をあげていく。 検索の鬼いわく、「私が検索をするときは、かなりの確率で画像をからめて探します。 文言から検索しても検索結果の画像を見たり、画像そのもので類似検索をし、出てきた画像からさらに探る……みたいな感じです」 とのことである。  (rocketnews24.com)         ▼404姉さんことdomain girl   検索テクニック1       ▼よくこの画面を見たことがある人も多いはずだ   検索テクニック2       なるほどね!!                    ツイートこの記事をつぶやく
       英・ネス湖のネッシーのように、科学技術が発展してもなお、世界各地で存在が囁かれている数々のUMA(未確認生物)。 地球の奥深さなのか、人間の単なる見間違いなのか、信じる信じないは人それぞれだが、信じる人にとっては胸を躍らせるような話題がアイスランドから飛び込んできた。 先日、アイスランド東部の湖で、古くからの言い伝えにある “伝説の巨大UMA” が現れたとする動画が撮影され、欧米を中心に大きな話題となっているようだ。           アイスランド未確認生命体        この動画は、2月6日付でYouTubeに投稿された 「The Iceland Worm Monster (Lagarfljo’ts Worm) Caught on Camera」 (http://www.youtube.com/watch?v=8OmyyHyya64)。       米ニュースサイトのハフィントンポストや英紙デイリー・メールなどによると、UMAが現れたのはアイスランド東部にあるラーガルフリョウト湖で、動画は2月2日にアマチュアカメラマンによって撮影されたものだという。         海に繋がる 「氷の川」 (デイリー・メール紙より)とされる湖の中を、ゆったり長い体をくねらせながら泳いでいるこのUMA。 体の色が水と同化しているため、ハッキリとした特徴を確かめることはできないが、水面に現れている体型を見る限り、大きな蛇のような体を持っているようだ。 現地ではこのUMAの大きさが 「湖の幅と同じ30キロくらいある」 (英紙インディペンデントより)との説もあるという。             アイスランド        「ラーガルフリョウト・ワーム」 と呼ばれるこのUMA。 今回、欧米で大きな話題となったのは、昔から目撃報告が残されている有名な存在だったということもあり、アイスランド国内で大きく報じられたためだ。 最も古い目撃報告は、今から700年近くも前の1345年。 現地の伝説では、その昔、金の指輪の下に置かれた小さな虫が成長し、毒を吐く怪物ラーガルフリョウト・ワームへと変化、辺りの農村を徘徊しては住民を脅かす存在になったという。 結局、湖に投げ入れられたラーガルフリョウト・ワームはその後も湖の中で生き続け、人々に 「不運をもたらす」 (豪ニュースサイトnews.com.auより)存在と恐れられてきたそうだ。      そうした言い伝えもあって、大きな注目を集めたこの動画。 “伝説の生物現る” の一報を興味深く見つめる人も多い中、やはり専門家などからは動画の生物が本物なのか、懐疑的な意見も少なくない。      米国のあるUMA専門家は、動画に映る生物が 「堅いモノで作られたヘビのよう」 (デイリー・メール紙より)とロボットの可能性を指摘。 ほかにも、ごみ袋や投網を使ったいたずらとの見方をする意見もある。      ラーガルフリョウト・ワームの存在証明にも関わるとも言える今回の動画。 映っている生物がいたずらなのか本物なのか、皆さんも自分の目でその真偽を判断してみてはいかがだろうか。   (narinari.com)                    ツイートこの記事をつぶやく
       役人天国といわれる日本でその頂点に立つのが国会議員だ。 国会議員の歳費(給与)の高さは世界一で、月給・ボーナス合わせて年間2106万円。 これとは別に、歳費振り込みの個人口座には、毎月100万円の 「文書通信交通滞在費」 が振り込まれる。 しかし、役得はまだまだある。        議員の行動は 「金帰火来(きんきからい)」 (金曜に地元に帰り、火曜に東京に来る)といわれ、選挙区と東京を毎週往復するケースが多い。        そのために支給されるのが 「JR無料パス」 (鉄道乗車証)と無料航空券(クーポン)。 遠距離通勤や公務に使うというのが建て前だが、JRパスは在来線はもちろん、新幹線のグリーン車も予約なしで乗り放題だけに、不倫旅行からゴルフ、夫人の旅行まで私的流用が跡を絶たない。            自民党参院議員の鴻池祥肇・元特命相は麻生内閣の官房副長官当時、このパスで人妻と新幹線のグリーン車に乗り込み、熱海に旅行したことが報じられて更迭された。 細野豪志・環境相も、あの元アナウンサー・山本モナ氏との京都旅行の際、パスで改札を通った疑惑が指摘された。        JRパスでゴルフに行くために議員を続けた強者さえいる。 野党党首を務めた有力議員は年配になってからゴルフにのめり込み、国会には顔を見せずにゴルフ三昧。 見かねた後輩議員に引退を勧められると、「議員を辞めたらパスでゴルフに行けなくなるじゃないか」 といってのけた。 議員在職30年以上を重ねた超大物の実話である。(news-postseven.com)        政治家がこうだから官僚だって役得ばかり考えるな~~!?  誰か、このシステムを壊してくれないと納税するのが馬鹿らしいな!!       ツイートこの記事をつぶやく
         ツイートルール        先日、マサチューセッツ工科大学などアメリカの三つの大学が合同で1500名のTwitterユーザーを対象に調査を実施したところ、読む価値のあると思うツイートは全体の36パーセントにすぎないという結果だったそうだ。        世界中で1日におよそ2億のツイートが発信されているといわれるが、この調査結果に基づけば、実に1億3000万のツイートが 「読む価値なし」 とみなされているのだ。 多くの時間と労力が無駄になっていると思うと、非常に切ない現実である。      しかし、読む価値なしと思われてしまうのはもちろん理由があってのこと。 今回の調査で得られた情報を元に、専門家がツイートを輝かせる9つのポイントを提案しているので以下にご紹介したい。            その1.古いニュースはつぶやかないこと    古いニュースはニュースでない。 ツイッター上に流れる情報のスピードは速く、あっという間に情報は新鮮さを失う。 既に他の人によって何度か紹介されているニュースはつぶやかないようにしよう。          その2.あなたの意見や発見を加えよう    何かの話しや情報を元にツイートする時は、単にコメントするのではなく、元ネタに参加しよう。 つまり、あなた自身の意見や新しい発見を加えるのだ。それができないのなら、元ネタに絡まないこと。          その3.短くまとめよう    140字という制限があるとはいえ、制限ぎりぎりまで使ってダラダラ書かないこと。 短くまとめるのが大事だ。          その4.文章は簡潔にしよう    文章はシンプルに。 一つのツイートにハッシュタグや@メンション、略語をぎっしり詰め込みすぎないこと。          その5.移動するたびに居場所をつぶやかない    自分が今どこにいるのかを常につぶやくのはやめよう。 特にツイッターユーザーの多くはフォースクエアのチェックインのツイートが好きではない。          その6.リンクだけのツイートはやめよう    ブログや写真へのリンクだけをつぶやかないこと。 なぜそのリンクをクリックすべきなのか、理由を書こう。          その7.嘆かない    嫌なことがあっても、ぶつぶつ愚痴を書かないようにしよう。 ネガティブな感情や愚痴は好まれない。          その8.読み手をじらそう    自分のサイトのページを見てもらいたいのであれば、じらすことが大事だ。 全ての内容を書くのではなく、フォロアーがついつい中を覗いてみたくなるような書き方をすること。          その9.些細なことをつぶやかないこと(セレブ向け)    これを見ている方でセレブの方いたら、ぜひ心得ておいてほしい。 日常生活の些細な出来事はもはや興味をもたれない。 フォロアーはあなたのプロとしての意見・見方を知りたがっている。        以上があなたのツイートの価値を高める9つのルールである。 どれもちょっと意識をすればできることなので、早速実践していただきたい。 読みごたえのあるツイートが増え、万人のTwitterライフが充実することを願うばかりだ。  (rocketnews24.com)              ツイートこの記事をつぶやく
          CHINA-BIG BABY (O)        中国の河南省新郷市で4日、体重7040グラムの男児が誕生した。 地元メディアは、同国で最も重い赤ちゃんの記録を更新した可能性があるとしている。      母子ともに健康で、赤ちゃんの名前は「春春」。 29歳の母親は 「娘の時に比べれば、確かにぎこちなさを感じていた。 おなかもその時より大きかったが、4500─5000グラムだと思っていた。 7000とは思ってもみなかった」 と振り返った。 現在6歳の娘は、4000グラムほどで生まれたという。          父親は地元テレビ局に対し、「妻は他の妊婦と変わったところはなかった。 中国の暦で今日は、春が始まる日。 彼は 『ドラゴンベビー』 だ。 とてもうれしい」 と喜びを語った。            新華社は、2008─10年に、ちょうど7000グラムの赤ちゃんが3人生まれ、これが最高体重記録だったと伝えている。 7040グラムの春春君は、これを上回ったことになる。        ギネス社の公式サイトによると、1879年に米国のオハイオ州で生まれた10.8キロの赤ちゃんがギネス記録に認定されている。     ただ、この赤ちゃんは生後数時間で亡くなった。 (reuters.com)        7040gか(;゚Д゚)!  デカイ!!           ツイートこの記事をつぶやく
       実は福島第2原発も、「紙一重」 で第1原発と同じ事態に陥るところだった。 第1原発では、炉心溶融や原子炉建屋の水素爆発に至り、今も多くの周辺住民らが避難生活を余儀なくされている。        いったい何が第2原発と第1原発とを分けたのか。 事故発生当時からの責任者が報道陣にあらためて説明した。                    炉心溶融        福島県の楢葉町と富岡町にまたがる福島第2原発が2012年2月8日、震災後初めて報道陣に公開された。 第1原発から南に約12キロ離れている。当時から現場で指揮を続けている増田尚宏所長は、記者らに 「福島第1原発ほど状態がひどくならなかったが、紙一重だったと思う」 と振り返った。          事故発生当時の第2原発と第1原発の状況の違いは、次のようなものだった。          震災発生は2011年3月11日15時前。第1原発ではほどなく、津波被害のため 「全電源喪失」 が確認された。 夜には原子力災害緊急事態の宣言が出され、半径3キロ以内の住民に避難指示が出された。 避難エリアは後に拡大する。          第2原発でも翌12日に緊急事態が宣言され、はじめ半径3キロ、ほどなく半径10キロの住民に避難指示が出た。          第2原発では1~4号機の4基とも運転中だったが自動停止した。 3号機を除いて冷却機能が一時、失われた。 しかし、3月14日には1、2号機が冷温停止(100度以下で安定的に管理)状態になり、15日朝には第2原発すべての 「冷温停止」 が発表され、「事なきを得た」 形だ。          一方、第1原発では3月12日に1号機原子炉建屋が水素爆発し、14日に3号機建屋でも爆発が起きた。 陸上自衛隊のヘリコプターによる空からの放水が始まったのは17日だ。 以降も緊迫した状態が続いた。 第1原発に 「冷温停止状態の達成」 が宣言されたのは、半年以上経った12月に入ってからだ。            こうした大きな違いについて2012年2月8日に報道陣へ説明した増田所長によると、決定的な差は 「電源」 の有無にあったことがあらためて浮き彫りになった。          「全電源喪失」 に至った第1原発とは異なり、第2原発では、4系統ある外部電源のうち1系統が 「生き残った」。 3、4号機の非常用電源も一部残った。          このため、原子炉内の様々な数値データの確認が可能となり、必要な対策を考えることができたし、冷却のための注水作業もできた。 さらに、限られた電源をほかに回すため、仮設電源ケーブルを突貫工事で設置することもできた。          この 「突貫工事」 についても、増田所長は、震災発生が平日の日中だった 「偶然」 を指摘した。 当時働いていた約2000人が手分けして復旧にあたったが、夜間や土日であれば所員は当直などの約40人だけで、初動に大きな遅れが出たのは間違いない、というわけだ。          なぜ電源が1系統生き残ったのか。 第1原発では13メートルともされる津波の高さが、第2原発では9メートルとみられ、低かったことなどが影響したようだ。          電源の状況をめぐる両原発の違いはすでに明らかになっていたが、今回改めて増田所長が 「紙一重だった」 と振り返ったことで、当時の緊迫した状況が再認識された形だ。          増田所長は2012年2月8日、「従業員とともに、いち早い復旧のために力を尽くしていきたい」 と話していた。 (j-cast.com)                ツイートこの記事をつぶやく
    ケネディ    内藤誼人 『権力のつかみ方 ~人の心を虜にするJFK式「心理操作の魔術」~』 (大和書房)は、ケネディ大統領の言動を手本として支持されるリーダーになるための秘訣をまとめた書籍である。 ケネディの言葉を紹介するが、ケネディの心理に踏み込むよりも、ケネディを導入部にして著者の哲学を全面に出している。 ケネディは……と言っているが、危険なので……がいいという箇所もあるほどである(164頁)。      内容は 「遠慮するな。 厚かましくあれ」 などの逆説的な見出しが並び、カバー裏には 「あなたの人生観を根本から覆す『変革の書』」 と紹介されている。 しかし、内容は意外にも真っ当なものが多い。 本書は権力をつかむためのハウツー本であり、望ましい権力者像を示すものではない。 それ故に権力を悪用したい人物が本書を読んで権力者を目指すことにも使える。 それでも本書の背後にある著者の道徳観念は健全である。 たとえば遅刻をする人間への否定的評価は複数箇所で登場する(70頁、111頁)。        本書の提言には相互に抵触しかねない内容もある。 たとえば福島第一原発事故で情報隠しが批判された東京電力を反面教師として悪い情報は早く伝えるべきとする(112頁)。 ところが、他の箇所では上手な嘘が付けるように日頃から準備しておくことを推奨する(118頁)。      一方では 「イヤな相手に、あえて好意的に接する」 ことを勧める(35頁)。 他方で 「苦手な人はどうしたって苦手である。 そういう人と付き合うのに過剰なエネルギーを費やす必要はない」 と述べる(184頁)。 リーダーになる道は一つではない。 本書は一つの考えだけが唯一絶対というような幼稚な愚かさとは無縁である。      本書の「まわりからよく思われていない相手を切ると、それ以外の人からの評価を高めることにもつながる」(188頁)は私にも実感がある。しかも、切った相手は遅刻の常習者で、他人の迷惑を省みない人物であった。本書の価値観と合致する。その点もあって納得できる内容が多かった。  (honzuki.jp)                    ツイートこの記事をつぶやく
       年老いてくると後何年生きられるのか?? って思うのは自然成り行きですがこんな記事を見つけました。        先日 【日本の平均寿命の推移をグラフ化してみる(1899年以降・2010年分反映版)】 で日本の戦前における、いわゆる「生命表」を確認している際、奇妙な数字の動きに気がついた。 「その年代で、その年齢の人が平均してあと何年生きられるか」 を示す値の羅列が 「生命表」 であり、通常は歳が上がるほど数字は減っていく。 ところが戦前から戦後しばらくにおいては、特定の年齢でそれが逆転する現象が確認された。 以前の 【出生率・死亡率変移をグラフ化してみる(1899年以降版)】 や 【乳児・新生児の死亡率変移をグラフ化してみる(1899年以降版)】、特に後者と深い関係があるこの傾向について、今回は見て行くことにする。        具体的な値の動向は、「完全生命表」 にある乳幼児の平均余命について。 「日本の長期統計系列」 の 【「第2章 人口・世帯」】 から 「2-35 完全生命表(明治24年~平成12年)」 と 「2-36 男女,年齢別平均余命(明治24年~平成15年)」 の双方を取得し、必要な値を抽出していた際に目に留まったもの。    また、用語に関してあらためてまとめておくと、次のようになる。        
・平均寿命…各年における0歳児の平均余命   ・平均余命…平均してその年代のその歳の人が、あと何年生きられるか   ・生命表…その年における、各年齢の人の平均余命を調べたもの   ・簡易生命表…推計人口による日本人人口や人口動態統計月報年計(概数)をもとに毎年作成したもの   ・完全生命表…国勢調査による日本人人口(確定数)や人口動態統計(確定数)をもとに5年ごとに原則、作成しているもの。戦前は不規則的に6回だけ実施された   ・新生児……産まれた日をゼロ日とした場合、生後ゼロ日から28日未満の児   ・乳児……  〃  一歳に満たない児  (※「乳児」に「新生児」は含まれる)   ・幼児……満一歳から小学校就学までの子供  (※「乳幼児」で、産まれてから小学校就学までの子供を指す)
       さて世の中の理(ことわり)に従えば、歳が上がるにつれて平均余命は短くなる。(極端な事例だが)小学生よりも定年間近の壮齢者の方が、平均余命が長いという状況はありえない。ところが戦前から戦後しばらくの時代において、「ゼロ歳」よりも「1歳」の方が、平均余命が長い時代が存在している。 次のグラフは男女別に、各完全生命表におけるゼロ歳~2歳までの平均余命をグラフ化したもの。男性は1975年、女性は1970年まで、平均余命の動きが年齢と反比例しない、つまり「年上の方が長生きしそう」という状況が存在している。 ↑ 完全生命表における平均余命(~1975年、男性) ↑ 完全生命表における平均余命(~1975年、男性) ↑ 完全生命表における平均余命(~1975年、女性) ↑ 完全生命表における平均余命(~1975年、女性)      戦前は特にゼロ歳の平均余命が短く、1歳・2歳と年上になるほど平均余命が長くなる。 戦後になるとようやくゼロ歳と1歳との差異が縮まり、1歳から2歳にかけて(世の理に従うように)平均余命が短くなる。 そして1970~1975年で、ゼロ歳児が一番平均余命が長くなる状況に落ち着く(グラフは1975年までだが、それ以降はすべてゼロ歳>>1歳>>2歳の動きを示す)。      これはひとえに、以前【乳児・新生児の死亡率変移をグラフ化してみる(1899年以降版)】で詳しく説明したように、乳児を取り巻く環境が悪く、また保健医療体制・技術も立ち遅れており、死亡リスクが高かったことを起因とする。 体力も小さく抵抗力も弱い乳児の状態を乗り越え、ようやくごく普通の 「歳を経るほど平均寿命が短くなる」 流れに乗ることができる。 まさに 「ゼロ歳」 の状態を無事過ごすことが、非常に高いハードルだったことの表れといえる( 「1歳」 の状況ですら、まだ体力が十分で無く、「2歳」 よりも低い平均余命を示している)。      特に1921~1925年において、ゼロ歳の平均余命が短くなっているのが、今件状況の典型的な現れ。 これも先の記事に示した通り、スペイン風邪の世界的流行で、体力・抵抗力の無い人の多くが倒れてしまった状況を示している。 乳児もまた体力が足りず、例年以上に 「最初の一年」 を乗り越えられず、結果として平均余命を押し下げてしまうことになる。      戦後になり、保健医療体制・技術も整備され始め、栄養状態も良好化し、乳児のリスクも減っていく。 戦後の早期に「1歳から2歳」の平均余命減少化が起き、そして男性は1975年、女性は1970年にようやく、年齢と平均余命の動きが正常化する。 乳児のリスクが 「寿命」 の動きを正常化させるほどに小さくなったのは、ほんのわずか40年ほど前でしかない。 いわゆる 「高度成長期」 に入り、ようやく成し遂げた「勝利」といえる。
       やや煩雑となるので棒グラフだけ(数字未表記)・戦前のみに限定するが、ゼロ歳から7歳までの平均余命をグラフ化したのが次の図。     ↑ 完全生命表における平均余命(~1936年、男性) ↑ 完全生命表における平均余命(~1936年、男性)       ↑ 完全生命表における平均余命(~1936年、女性) ↑ 完全生命表における平均余命(~1936年、女性)      計測が開始された初期はゼロ歳どころか3歳位までは、リスクが極めて高かったことが見て取れる。      先の記事でも触れたが、わらべ歌の 「通りゃんせ」 のフレーズにある 「七つのお祝いに お札を納めに参ります」 は、昔は乳幼児の死亡率が高く、7歳まで生き伸びることが今と比べて難しいため、無事に成長してその歳まで生きながらえたことを祝う儀式を表している、とする解釈がある。 また、いわゆる 「七五三」 は、「その歳までよくぞ生き延びることが出来た」 として、子供の歳の節目を皆で祝うという意味合いがある。 「人口動態統計」 によって平均余命が計測されたのは100年強ほど前からだが、それより前の時代は、一層状況が厳しかったこと、乳幼児の平均余命が短かったことは、容易に想像できる(【江戸時代の平均寿命とエネルギー消費量】も参照のこと)。      日本でもほんの数十年前、百余年前までは上記グラフにあるように、乳児・新生児の時点で生き長らえず事が出来ず、世を去らねばならない命が多数存在していた。 その事実を、今回のグラフと共に知らねばならない。      そして数多の環境整備・各方面の努力、その積み重ねによって現状が支えられていることを、改めて認識するべきである。 「当たり前だ」 「何をいまさら」 とする意見もあるだろう。 しかしやもすれば不確かな知識のみ、あるいは現実と物語を混同した上で物事を主張する人がいる昨今だからこそ、その認識が求められている次第である。(garbagenews.net)       ツイートこの記事をつぶやく