2011,11,30

「俳句は人生を昇華する」  俳人  黛まどか氏

       月曜日、仕事が一段落して “ちょっと寄っていくか!?” とカズマサ君のお店 「かぶき 神田南口店へ。        screenshot   「今日は、平塚港から美味しい魚来てる!?」          「有りますよ(o^―^o)   110622_115719  糸引き鰺を一夜干しにしたから食べてみてください」        って焼いてくれたのが、                   DSC_1135        これです。         「意外に美味いね!! 身はサッパリしているが干してあるからうまみが“ギュッと”詰まっている感じがする」        「でしょう!!  俺が作るんだから美味いに決まっていますよ!!」 ってドヤ顔。             で、日経夕刊を広げ 「人間発見」 で紹介されている俳人 黛まどか氏のコーナーを読んでいると、        おもむろに 「┏(゚ェ゚) アレ? 黛まどかじゃねっすか!?  中学校の同級生すっよ!」 ってまたまたドヤ顔!!        「Σ(・ω・ノ)ノえっ!  マジかよ!!」        「ホントっすよ!!  それに、船越英二の妹も同級生っすよ!!  俺らは相手にっされなかったですけど・・・   だって先生なんかお前らはバイクの免許とるんだろうからその辺でバイクの免許の勉強でもしてとって、授業の邪魔すなよ!的な感じでした」        「それで、今のカズマサ君があるんだ!! もっと勉強しておけばよかったのによ」        「当時は、分けわかんねえじゃネッスか!?」        「そりゃそうだ! 今になって後悔してるだろう? もっと勉強しておけばって」        「そうなんですよ ・(。>д<。)・ ねえ頭使って仕事してんすから疲れますよ」        「それよりも、カズマサ君のブログ面白くねえよ(*`д´)」         「しょうがねえじゃねっすか!? 110406_104556  脳みそねっすから」          「60の手習いっていうから努力すれば大丈夫?ヾ(・∀-`;)だよ!!」           なんて話しをしているうちに夜は更けて家路につきましたが・・・ 人のつながりって分からない物です。            それでは、黛まどか氏が 「人間発見」 のコーナーに紹介されたものを紹介してい行きます。              17年前に 『B面の夏』 で戦列にデビューし、俳句の世界に新風を巻き起こした黛まどかさん(49)。 俳句を通して人を励まし、外国で俳句を教え、オペラの台本を書く。          パリで東日本大震災の一報に接しました。 パリで長く仕事をしていて故郷の宮城県に帰ったばかりの友人からのメールでした。 『町が燃えています』 という1行でした。 テレビを付けたら津波の映像が目に入りました。      「今から逃げます」 というメールも。 しばらくして 「がれきのまちにうつくしい星空が広がっています。 これまでの人生で最も美しい星空です」 と。 日本人ってすごい、と思ったんです。 自然と共生してきたといういわれるけれど、あの状況で星空を美しいと仰げるのですから。 俳句が役立つのではないかと思いました。      文化庁の文化交流使として1年滞在したフランスから4月に帰国し、被災地へ行きました。              4月22日から4泊5日で被災地を訪問。 福島第一原子力発電所に近い福島県飯館村を訪ねた後、相馬市、新知町、宮城県石巻市、岩手県野田村、岩泉町、山田町の避難所を回り、編著 『あなたへの一句』 と短冊を配り、俳句を詠んでもらった。          石巻の子供たちが俳句を作りたいと言ってくれました。 マグロ船に乗っていた80歳近いおじいさんからは 「食べ物より本が欲しかった」 と喜ばれました。 がれきの中から拾ってきた泥だらけの本を見せてくれました。 子供向けの歴史書や経済の本を乾かして読んでいるようでした。       「あなたへの一句」 は、いじめに悩む歩とたちを激励するために始めた無料携帯メールマガジン 「俳句でエール!」 (http://madoka575.co.jp/pub/) で紹介した人生の応援歌をまとめた本です。      「俳句でエール!」 は、今は被災地を励まし、あるいは被災地の方々からの投句の場になっていますのでが、一度覗いてみていただれば、と思います。 野田村の方から届いた 「身一つとなりて薫風ありしかな」 という作品がありました。 津波で何もかも流された方です。 にもかかわらず、こういう句が詠める日本人は尊い。      俳句は思いを言わない文学。 その分、昇華する。 逆に余白すさまじいものを感じる。 悲しいことを悲しいと言ったらそこでとどまってしまう。       「身一つとなったが、薫風が吹いているではないか」 と言い切ったときに、その人の舞台が上がる、言葉の力。 人の気高さと俳句の力を思いました。              6月に東京文化会館で演奏形式のオペラ 『万葉集』 が上演された。 作曲は千住明氏。 大津皇子と大迫皇女のレクイエム 「二上挽歌(ばんか)編」 は涙を誘った。          父 (俳人、黛執氏)が万葉集の勉強会をしていて子供の頃から、万葉の歌の舞台に連れていかれました。 当時は興味がわかなかったんです。 大和三山って言われたも、こんな山かという感じで。 でも万葉集を好きになっていました。      歌を手掛かりに台本を書く。 あらすじはあってないようなものです。 「明日香風編」 では額田王の姉ともされる鏡王女を出したかったのです。 鏡は最初は天智天皇の妻の一人だったのですが、天智天皇が妹の額田を娶り、中臣鎌足に下賜されます(諸説あり)。 鏡王女は、他の奥さんと鎌足の子どもを育てつつ、鎌足が病気になると、山階寺 (興福寺の前身) を建て、平癒の祈願をする。 一方で額田は二人の天皇を相手に歴史の大事な場面で歌を作り、十市皇女を産む。       姉妹で生き方が全く違うのですが、どちらも自分らしい生き方を貫いた。 男性優位の時代で与えられた運命の中で生ききった女性です。 今私たちは、掴み取ろうと努力することは多いのですが、与えられたものを受け入れる強さが無いのでは。 だから自己実現という言葉がでてくる。      抗うことのできない人生を精いっぱい生ききった、どちらも見事な生き様だと思います。        111130_123830       <恋争ひ三山も粧へる>        と、第1回目の紹介でした。                   ツイートこの記事をつぶやく