アメリカ・グーグルが開発した基本ソフト(OS)『アンドロイド』 が、スマートフォンの主流となりつつある。 無償で提供され、独自の変更を加えることもできるため多くのメーカーが採用を本格化させているのだ。          そのため、国内外でアンドロイドを搭載したスマートフォンが急増。 米アップルの 「アイフォーン(iPhone)」 のシェアを抜き、拡大のスピードは衰えない。                    アンドロイド        スマートフォンのOSでは、アンドロイドと、iPhoneに使われている 「iOS」 が今や 「2強」 に成長した。 アップルは米国時間2011年10月4日に 「iPhone 4S」 を発表、米国や日本など、7か国で予約の受付を開始した。          だが、OSとしては後発であるアンドロイドが、世界的には既にシェアベースでiPhoneを上回っている。 米調査会社ニールセンが9月26日に発表した調査結果によると、米市場では8月の全スマートフォン保有者のうち、アンドロイド搭載機の利用者が43%に上った。 ライバルのiPhoneは28%にとどまり、水をあけた格好だ。 過去3か月の実績を見ても、新規スマートフォン購入者の56%がアンドロイド端末を選択している。この数は実にiPhoneの2倍だ。          「週刊東洋経済」 10月8日号によると、アンドロイド端末を製造しているメーカーは39社で、世界123か国、231の通信会社が販売しているという。          急拡大の背景には、グーグルがアンドロイドのソースコードを公開したうえで開発者によるソフトの修正を妨げず、無償で提供する姿勢を貫いてきたことが大きい。 設計上での自由度が大きくなるので、メーカーにとっては独自性を発揮したスマートフォンづくりが可能になる。         韓国サムスン電子の 「ギャラクシー」 や英ソニー・エリクソンの 「エクスペリア」 など世界市場でヒットしている機種も登場した。 スマートフォンにとどまらず、タブレット型端末のOSとしても採用されるケースが増えている。            国内でも、主要メーカーが2010年秋以降に続々とアンドロイドOSの搭載端末を市場に投入し、これまでに多種多様な機種が登場している。 2008年に 「iPhone 3G」 が発売されて以降、国内スマートフォン市場はiPhoneがけん引してきたが、2011年にはその主役が交代したとも言えそうだ。          調査会社コムスコア・ジャパンによると、2011年3月の時点でiPhoneの利用者数が390万6000万人だったのに対して、アンドロイド端末は460万1000人となり、国内でもアンドロイドが追い抜いた。 一方、IDCジャパンの調査結果を見ると、11年第2四半期のアンドロイド端末の出荷台数は274万台で、前年同期比6.5倍と急速にシェアを伸ばしていることが分かる。          消費者ニーズの高まりや端末の改良が進むにつれて、メーカー側では、これまで携帯電話に搭載されて支持を得ていた 「おサイフケータイ」 やワンセグ、防水、赤外線通信といったなじみ深い機能を搭載したモデルを開発、他社との差異化を図る。 グローバル仕様に日本独自の個性を加えたモデルが登場し、アンドロイドは今後、国内市場での存在感をますます高めそうだ。  (j-cast.com)          問題なのはウイルス感染(´・_・`。)ヵナァ・・             ツイートこの記事をつぶやく
       日経夕刊の “人間発見” のコーナーにスタートトゥディ社長 前沢友作氏が紹介されていましたから2回目の紹介です。          中学受験に失敗して地元の学校に入る。 やんちゃなのは変わらず。 ギターを弾くようになりファッションもロック系に凝り始めました。          中学受験のための塾に通っていましたが、実際にはあまり行かなかったです。 では、どこでサボっていたかというとパチンコ屋さんです。 といっても大人っぽい友達がいて、彼と一緒にパチンコ屋に入り、床に落ちている球を拾って打っていました。      地元の中学校でも相変わらずたんちゃな生活です。 ちょうどバブル経済が始まったころです。 日曜の夜8時から始まるテレビ番組 『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』 を良く見ていたのを覚えています。 あの破天荒ぶりが面白かったですね。 不良の友達もいましたよ。 そんなにワルではなかったと思いますが、ある日、学校の先生から 『悪の枢軸はお前だ』 と決めつけられたこともあります。 小学校時代からそうだったのですが、『おかしい』 と思ったら相手が大人だろうが、すぐに口に出すところが可愛くなかったのでしょう。      でも、学校の成績は良かったです。 ほとんど一夜漬けで中間や期末試験に臨みましたが、必ず上位にいました。 両親は学校内で1番を取ると喜んでくれたので、もっとやってやろうと。       ギターを買ったのは中学3年生の時です。 東京・御茶ノ水の楽器街で約2万円だったかな。 弾き方は友達のお兄ちゃんに教えてもらいながらの自己流です。 ボン・ジョヴィ、メタリカ、ガンズ・アンド・ローゼスが好きで、細身のジーンズや黒いTシャツを着て演奏していました。              高校は早稲田実業に合格。 1年生の時は皆勤賞だったが、2年になると次第に学校から遠ざかってしまう。            両親の勧めで早実に入ったので喜んでくれましたよ。 親戚中の 『期待の星』 になったようです。 なぜ、学校に行かなくなったのか。 こんな光景を見たからです。 満員電車に揺られている会社員の姿が、切なく見えてしまったのです。 周りをみるとみんな寡黙で暗い表情でした。 1時間半の通学時間がとても無駄のように思えてしまいました。       バンド活動が楽しくなり、スタジオ代を稼ぐためにアルバイトに精を出す生活の始まりです。 建築現場の仕事が多かったですね。 子供の頃から家を造っている現場を1日中、見ていても飽きなかったからかもしれません。       出席日数が足りずに退学を覚悟しました。 でも担当の先生は 「なんとかするから、退学だけはせずに卒業するんだぞ」 と励まし、私の生き方を応援してくれたのです。 両親は学校に何度も呼ばれて先生と話し合っていました。 当然、職員会でも議題に上がっていたようです。 先生は 「バイトの時にはちゃんと学校に電話するように」 と。 この先生は夢を実現するための活動と評価してくださいました。 そんな評価は学校には有りませんでしたから、ご迷惑をおかけしたと思います。 何とか卒業したものの、大学には行きませんでした。              卒業とほぼ同時にアメリカに渡る。 バンドの武者修行のためだった。 自分が思い描いていた世界と違う一面を見て考えを変える。          初めてのアメリカはとても過ごしやすい場所でした。 ライブハウスに行くのはバスで、乗客もフレンドリーな雰囲気が気に入りました。 ライブハウスは日本のように薄暗くなく、観客も健康的でどこかキャンプにやってくるような感覚のようでした。 ドラッグ、アルコール、破壊的なことを日本では連想していましたが、全く違いました。 バンドのみんながライブハウスでピザなどを振る舞ったり、親しくなったバンド同士が作ったCDやTシャツを売るのを手伝ったり、和気あいあいです。      親しくなったバンドの曲を聴いていると世の中を良くしようとするメッセージが込められている作品が多いことに気づきました。 いままで自分がやってきたジャンルの音楽はやめ、音楽にポリティック (政治的) なメッセージがあってもいいかなって思ったのです。        アメリカでの生活は約6ヶ月。 世界観が変わった体験をしました。          と、2回目は紹介されています。  明日は3回目をご紹介します。                ツイートこの記事をつぶやく