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10時に、仕事が、終わったら喉渇くよね! カズマサ君に、今日もメンバー全員に飲み物の差し入れを持って来てくれたから “あれは、誘い水だから まぁ、仕方が無い!? 顔出していくか!?“ じゃ無くてホントは飲みたいだけかo(><)o 今日の、お酒は土佐の米焼酎「海援隊」35度 米麹の香りが、ほんのりと残っていてイイ感じで美味い(*^-゜)vな。 ツイートこの記事をつぶやく
ルビコンの決断で、「POCARI SWEAT」の誕生の秘話が放送されていましたからちょっと紹介します。 番組は、健康飲料が活況で脂肪吸収を抑える機能性飲料が売れている。その中で30年以上のロングセラー商品が「POCARI SWEAT」。「POCARI SWEAT」の開発には大変な苦労があって、その時、経営者は“POCARI SWEATを無料で飲んでもらおう” と、「不味い」を「美味い」に変えたPOCARI SWEAT大逆転のドラマと番組は始まりました。 創業者の孫 大塚明彦(当時35歳)は、徳島の工場長。父正士氏は、「オロナイン軟膏」 「オロナミンC」を開発して大きく業績を伸ばしたカリスマ社長。 ================ ある日、味の天才 播磨六郎(オロナミンCの味を決めた人)は、社長に、「点滴を飲み物に出来ませんかね?」  社長 「どいうこと」 播磨 「メコシコに言った時大変な事になったんです」 それは、メキシコの水事情の悪さに激しい下痢をして入院。先生が、薬と沢山飲料を飲んで下さいと炭酸飲料と薬をくれた。点滴を出来る施設なら簡単だったが・・・・・・・・その時、脳裏に、手術を終わった先生が点滴液を飲んでいたことが思い浮かび、点滴液を飲みのもにすればいいんだと。 大塚は点滴液では国内トップシェア。 播磨 「点滴液を商品化できないかと思って」  明彦氏 「まだ。時期は早いかもしれない」  播磨 「時期?」 と怪訝な面持ち。 ================ それから3年後 明彦氏3代目の社長に就任。 播磨が、一人の研究者 高市晶彦を連れて社長室へ。 社長 「お願いがあって呼んだ。 点滴液を開発したいと言っていたね。」  播磨 「ええ」 社長 「最近ジョギングをしている人が増えているそうだね。健康志向が高まっている証拠」 (当時、ジョギングブームがおこりルームランナーがヒット商品となっていた。)  社長 「汗の飲料が出来ないか?」 播磨 「汗の飲料?」  社長 「汗をかくとナトリウムやカリウムが、体から出てしまう。それを補うような飲料を作りたい。毎日飲んでも飽きない味。喉越しの良いものじゃないと駄目」 と。 高市 「汗の飲料 面白いことを言いますね」  播磨 「それは時間を掛けて見つけるんです。新飲料は任せたよ」 と。 ================= 高市は、サウナに向かい汗を採取。 会社の近くでうっすらとかいた汗も採取して両方の汗を分析。 汗は、サウナでかいた汗には沢山のナトリウムが含まれていて、日常飲むなら数値の低いものを基準に作ればいいんだと判断して試作品を作ってみて、播磨に飲んで貰い感想を聞くと 「苦い。飲めたのんじゃない」 高市 「苦くても身体に良ければ飲んでくれるのでは?」 播磨 「薬なら苦味は気にならないでしょう。 作ろうとしているのは清涼飲料水だ。忘れないでくれ」  味も天才を納得させるのには大変。 ================= ここで、スタジオの木村さん 「POCARIが、点滴液を飲んでいたことから開発されていたなんて始めてしりました」 私も、初耳でした。 ゲストの高柳正盛氏 ロングセラーになる条件は、 ① 新しい市場を切り開く  ②ブランドイメージを守る。 (パッケージを変えたりするとコンセプトが見えなくなる) ================= 開発から3年が過ぎ、社長に試飲するも、 「苦味が残りますね」 と。 その時、粉末ジュースの試作品も試飲するも 「まだ、まだ」  すると、社長、出来損ないを混ぜてみたらおもしろいのではと混ぜて飲む。 「これはいけるよ。 君たちの飲みたまえ」  播磨 「苦味が消えていますね。これは、なんですか?」  「柑橘系の粉末ジュースです」  播磨 「柑橘系の美味しい苦味が、苦味を消してくれたんだ」  この社長の行動が一歩進ませてくれた。 高市は、柑橘を求めて試作・試作を繰り返し遂にある果物にたどり着く (それは、大塚製薬の企業秘密になっているそうです)  等質濃度を7%と6.2%にして試飲すると研究員は7%が美味しく感じて評判が良かった。  しかし、播磨にはある考えがあった。  研究員を連れて山登りして汗をかいた時に飲むと6.2%が美味しく感じた。  播磨は、汗をかいたとき美味しいと感じないとだめだと研究員を諭した。 ================= 播磨、社長に試飲してもらい判断を仰ぐと、社長 「この味で行きましょう」と判断。 そこで、 (続きを読む…) ツイートこの記事をつぶやく
ちょっと散歩していると 「あれ(。´д`) ン」 新しいラーメン屋 博多風龍がオープンしていました。 090828_171759 替え玉2玉まで無料で500円 今度行って見ないと。 でも、今は蒸し暑いしもっと涼しくならないとラーメンはちょっと食べる気にならないな。 umiを連れて行ったら替え玉5個は平気(´・_・`。)ヵナァ・・  さいたま屋 に強敵現るだなぁ ツイートこの記事をつぶやく
Biz Style 働く男のライフスタイル情報誌の8月号に 「Audi」 の創立100周年を迎えると特集が組まれていました。 090828_123445 アウグスト・ヒルトが「Audi」を設立したのは、1909年。自分自身の冠した企業をさり、新たな自動車メーカーを興したのは、自動車技術の開発に情熱を注ぎたかったからだという。以来、アウディは100年間にわたり、自動車文化の発展に多大な貢献を果たすことになる。 1933年には世界初となる風洞実験を開始し、エアロダイナミックの側面から燃費と走行性能の改善を図るアプローチを確立。  その4年後に時速406.3kmという前人未到のスピードを記録をマークする一方、同時に安全性能の向上にもいち早く着手。 1938年に世界で始めて行われたクラッシュテストは、以降、自動車開発のスタンダードとなった。 量産自動車として世界初のフルタイム4WDシステムを搭載した「Audi quattro」の登場(1980年)、雪のスキー場のジャンプ台を昇り切るという画期的なテレビCM(1986年)なども、当時の人々を驚嘆させた。 最近では世界初のアルミニウムボディの発表(1991年)ディーゼルエンジンによるルマン3連覇(2006~2008年)などの記憶に新しい。 そして、今年100周年を迎えたアウディは、またひとつ歴史のひとこまを刻んでいる。急激な需要の落ち込みで頭を抱える自動車産業にあって、昨年は、社、始まって以来の販売台数100万台を突破。 独立独歩、孤高のメーカーであることを改めて照明した。 人と車を考え続け、常識に囚われない発想と技術で確立した100年ブランド。 ビジネスに関する者としてその挑戦心はお手本にしたいものだ。 とAudiを紹介しています。 歴史を知ると創業者の理念が見えてきます。  トランスポーター3 のフランクもAudi乗っているし歴史を知ると何となくAudi乗ってみたくなりますね(〟-_・)ン? 090828_123628 アウディ エコラインナップ キャンペーン 2009年9月30日(水)まで 合計50万円の下取りサポート 100万円サポートキャンペーン  2009年9月30日(水)まで A賞 Audi  A4  100万円購入サポート B賞 Audi    A4  の3日間モニター 詳しくは、http://www.audi-sales.co.jpでご覧下さい。 ツイートこの記事をつぶやく
日経新聞朝刊に 090828_123305 Mercdes-BenzのEクラスの広告が掲載されていました。 特にクーペがカッコイイデス!(●・w・●)ゝ 090828_123348 www.mercdes-benz.co.jp          mercdescall   0120-190-610 興味のある方はどうぞ。。。。。。。。。。。。。。。。。 ツイートこの記事をつぶやく
ミノヒロ 夏休み明け久しぶりに出社 「トーッス!! モンドセレクション2年連続の泡盛買って来ましたから飲んで下さい」 と 「泡盛 くらクース 古酒」 頂きました。 ワァ──o(。´・∀・`。)o──ィ♪  ┏(;゚益゚;)ゞ ドーモ(人’▽`)ありがとう☆ 090828_092713 箱書きには、こだわりの銅製蒸留機から生まれた原酒を静かに見守る、ゆりかごもようなオーク樽。 2600個の樽の中から「くらクース」のために、特別な樽が選ばれる。 ひとつひとつ違う個性を持つたるに育った原酒たち。 ブレンダーはそれぞれの原酒の声を聴き、最高のハーモニーに仕上げていく。グラスに入れた泡盛と樽の最高もマリッジ。 「くらクース」、芳醇な香りは、時とともに華やぎ、その味わいは深い。 ベルギーの首都ブリュッセルに本部を置く、世界食品オリンピックのモンドセレクションに2007年に初めて出品して金賞を受賞。更に、2008年には、金賞の中でも最高金賞を受賞したそうです。 “香り” を味わうのが楽しみです。  これで、また皆と飲みニケーションです。 ヘリオス酒造株式会社 沖縄県名護市字許田405  TEL 0980-52-3372 ツイートこの記事をつぶやく